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平和への道―地球環境システム設計論9(自律分散形制御社会の構築)

平和への道―地球環境システム設計論(自律分散形制御社会の構築)
世界NGO平和大使協議会議長
日韓トンネル推進長崎協議会会長 川口勝之

 

8、平和への道・地球環境システム設計には新しい力を!!

-女性の集団の同期性という感性―

 

エネルギーを中心とした地球環境システム設計を行うには、日韓トンネルを建設することがその稿矢となるが、百年の計になるので、「純粋性」と「長く継続する力」のある人が仕事をやるとよい。何事をやるにも、まず、子供のような「純粋性」がないと駄目である。これらの案件に満足するのは、若者の集団である。集団の同期性、共感が作用しやすいのは、「一億総中流化」の時代のような礎地(そじ)をつくらねばならない。今の若い人達は、ボランティア精神は、外国の若者と対等、又はそれ以上の素質があるから、まず、若者の感動・共感を得ることである。それから、もう一つ、私は女性の「長く持続する力」「美しいもの好き」「戦争をしない」、それに「鋭敏な感覚」と「繊細な感受性」を十分に発揮して頂く事が必須だと考えている。

 

8.1 女性の「長く持続する力」「戦争しない」という感性は、「大仕事」を完成させる。

「いざという時」には、女性は強くなることを感じている。私は長崎の女性集団の要請を受け、15年間もギニアビザウ(アフリカ最西端の120万人程度の小国)に、学校を建てる会の実行委員長に就任し、行動を共にしてきた。学校の建設理念には、経済支援活動は、一切なし、教育、文化、活動として実施し、「自律分散形制御社会の構築」を基本に据えている。

何とそれから6年目には小学校が出来上がり、11年目には中学校が完成して、現在もその内容を充実しつつある。350万円の小さな学校であるが、それまでの茸ぶきの雨降れば授業もできない状態が改善され、子供達は大喜びだ。何しろ1日1$の生活費の国であるから、350万円でも学校が作れるのである。もう卒業生も何回か出して大学に行っている人も居ると聞いている。

 

OECDや県の寄付を集めて公的機関を介して金を送るというやり方でなく、自ら女性が現場に行って土地を物色し、選択して交渉し、大工や左官まで選定して作り上げてしまったのである。この資金は「世界平和女性連合」のメンバーや有志の人が一人ひとり、チャリティーの音楽会、映画会、講演会などの千円のチケットを売った、その実利益、心付けなどである。こうやって、実際に現地で学校を建てたのが馬場菊代女史である。

 

私のこの支援活動の役割は、新しいものを生みだすときの「方法論」の提案と、会合の際に最初に必ず要求される「何か話して下さい」に応じて、経済問題とか、技術問題を天下の情勢と比較して話すことである。具体的には「アフリカの小国に学校を建てる」という漠(ばく)とした大命題を中区分、小区分、個人の分担仕事までブレイクダウン(分解、ラグビー用語で、スクラム中のボールの処理と言われている。)する。そこまでやると、あとは個人の役割分担を行い、そのスケジュールを計画実行すればよい。中途に、チェックポイント(検討委員会)を設けて、進捗状況をチェックする。これをA4(例えば図8.1)にまとめて総合実施計画ダイヤグラムとする。

 

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図8.1 平成28年度日韓トンネル長崎協議会・総合実施計画線図   (川口 2016)

 

つまり企業でやっている新規開発の時の工程管理ダイヤグラムである。これを最初に指導したところ、2年目からはもう自分でテーマを見つけ「これでよいでしょうか」と来る。企業の仕事師も顔負けである。それから、15年間も何かのテーマの話を続けると、もう「思考の基盤」が出来上がって、何でも挑戦できる能力、発想力が訓養される。女性はこのような「持続する力、頭の強さ」があるのだ。これが集団で達成されると、「集合知」それから「集団の同期性」へと発展していくのだ。女性の「繊細な感受性」がそれをガッチリと受けとめるのである。

 

そうした「創発」を起こさせる源流を考察してみよう。

 

8.2 蓑(みの)をまとったように安心感に浸(ひた)されるー映画監督ドーリス・デリエ(独)の感性

集団的同期性、つまり群の中でどう動くかは、ドリス・デリエにとっては、ある意味で哲学的な問いかけになっていた。というのも、東京の街のなかで見かける群集は、まるで違うものに見えるという。

このことを感じさせる動機づけというのは、多分こういうことだろうと語りだしたことは「黒い魚の群れ」という演劇の表現に数十人のドイツ人に「魚の群れのように動いてみて」と自由に表現してみせることを指示したが、まるでうまくいかなかったそうである。個々の個人と集団の群行動との間合いが掴めず、一体、誰が全体の動きを定めるのかと想像するに難くないが、東西ドイツの統一(ベルリンの壁の崩壊)という、自己組織、創発的な大集団の同期性を示した民族であり、極めて明確な「集団の同期性」が存在する。やはり一等最初には、何か動機づけるという「感性」的な「ゆらぎ」か、「閃(ひらめ)き」が必要かもしれないが・・・。

 

しかし東京の街を歩く人々には、自然に調和のとれた集団になっていると彼女は言う。これは東京TVの「君は何しに日本へ」の動画の中にもしばしば出てくる「渋谷の多重交差点における集団の流れ」とその同期性を指摘し、外国人が「自分もその中に浸(ひた)るために来た」と言っているのと共通している。

 

この「気付き、発見」は、「人間の感性」と「その表現」に関して、極めて衝動的な示唆(しさ)を与える。彼女も最初には、そのもの静かな、流れるような動きに入り込む勇気は無かったらしい。他人とぶつからないようにするためには、無意識のうちにでも集団の存在を感知していなければならない。しかし、一旦、その集団に紛(まぎ)れ込んでしまえば、まるで「隠れ蓑を身にまとったように、自分の姿かたちを消し去ってしまえる安心感に浸れる気がした」というのである。何という「繊細な感覚」の表現であろう。エマニエル・トッドが、未だ「共同体意識」が残っているのは「日本とドイツだけだ」と言っているのもわかるような気がする。

 

ドイツの女性の「鋭敏な感覚」は、まだ続くのである。

 

8.3「もののあわれ」と「集団の同期性」、および男女の脳の情報処理の差異

ドーリス・デリエは、東北の山極の温泉地に行き、泊って共同の大浴場に行ったそうである。その時は、母親の立場だったので、たくさんの日本女性と知り合う機会に恵まれたようだ。女達の「群れ、集団」に入り込めたわけだ。

この日本体験で「心が打ち震える程感動」したのは、人々が何をするにしても几帳面に細やかさと、丁寧さを動作に行き渡らせていることであった。ほんの一寸した仕事に「心配(くば)り」が現れていて、分け隔てなく物をおろそかにしない態度が感知される。

「愛撫する如く、小さなものまで神々しく扱うことにかけては、日本人はマイスター(名人)だと確信しました」。と同時に「これが、かねてより聞き及んでいた『もののあわれ』という考え方の発露なのかと思うようになったのです。はかなく、うつろへるものへの愛情と喜びを見出しているのだ」と。

 

「ドイツ人にも『もののあわれ』が解ってもらえますか」という記者の問いに対して、「ドイツと日本、それぞれ文化に共通するのが、〈秩序思考〉〈ロマンチシズム〉と〈非合理主義〉です。私の解釈では、この三つの要素がぶつかり合うところに「もののあわれ」が生ずる。感受性は日本人ほど発達していませんが、ドイツ人にも受け入れられるはずです」。

異なった情報がぶつかって、そこに集団的同期的な別の情報(発明、発見)が生まれると感じている筆者にとって、情動の世界にもこれが共有していることを自覚させてくれた女性の「身体知」は鋭いと思う。このような一見何も関係がないような事象にも、その関係性を見出す能力「感性」は、何事をやるにつけても、成功裏に導くことを確信している。

 

(1)男女の脳の働きの差について最近の脳研究の結果から

男女の行動の違いは、どのくらい先天的なものか? 脳機能と行動の関係については、各種実験した結果ではあまり差はない。相違は「環境への適応の仕方」、どこでどう育ったかで定まるようである。数学脳とか専門脳の差があるとは認められない。後天的なもので定まる。

 

演技者に言葉をしゃべらせ、その感情を当てる。感情を読みとる力は女、地図などの空間認知は男と言われている。男の子どもは、車のついているものを好む。女の子は兎や人形そういうものを自然に選んでいる。

 

面白いことに、猿におもちゃをたくさん置いて選ばせる。どれくらい時間遊ぶのか試験してみると、メスは人形を選んだ。トラックには興味はない。オスはトラックに興味を示す。人形にはさわらない。人間と共通しているが、この理由はメスは子宮内に1年近くも子供を育(はぐく)み、子育てする時間も長いので、遺伝子の性質としてそうなるのであろう。男性脳としては、物を分解する、壊すことが大好きであり、またシステム化など得意であるが、これなどホルモンの一種、エスステロンが影響していると言われる。さらに、これは固定観念かもしれないが、男には集中力、決断力がある。しかし女は同時にいろいろな事をやる能力がある。22歳ぐらいまでの男女の脳では、女性の場合、左半球と右半球を連結する回路が多い。男性脳では、自己の見たものを行動に結び付けるネットワークが発達しているらしい。

 

(2) 最後に言いたいこと

これらの事実から判断されることは、男女の違いは行動の違いではなく、情動、感情の差と見ることができる。要するに何かをソフトなもの、動作とか精神的なものを生み出す「感性」は女性の方が優れているのだ。源氏物語や枕の草紙を見ても、それがうなづかれる。男女を問わず人間が創造していく能力を表現すると、図8.2のようになる。その脳活性を上げ学習効果を上げるためには、情動系(扁桃体)で入力情報を「価値がある」と速断することが肝心である。その感動を受けて、論理情報処理系が主としてその手段、動機づけを考え、総合判断して行動に移すことになる。つまり、自律的に目的を見出し、自分で行動を起こしていく。それが「最適設計」になるまでくり返される。

 

以上、「百年の計」を成功裏に導くのは、むしろ「若者」および「女性」の男性にない能力とみることができる。それは女性の「戦争をしない」という能力である。つまり滅亡の危機でも、生活があるという女性特有の性格、つまり感性的技術があるからである。

 

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図8.2 脳の情報処理の特徴―情動(感情)情報による学習制御性 (川口2010)

「人間の内面的な感性の表現の研究」より

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