論文コーナーChairman speech Corner

平和への道―地球環境システム設計論2(自律分散形制御社会の構築)

世界NGO平和大使協議会議長
日韓トンネル推進長崎協議会会長 川口勝之

 

1.2フランシスコ・ローマ教皇とエリザベス女王の「教訓」

-インテリジェント・デザイン論(最適設計)からー

 

フランシスコ・ローマ教皇が「この惑星に住むすべての人」に呼びかけた。「温暖化、環境汚染は人類が作り出した」、「ハイテク信仰や化石燃料への依存、衝動的な消費という生活の在り方を改めよう」と説いた。そして、「政治力、経済力を持つ人々が、この問題を覆い隠そうとしている」と、米国や日本などの利潤至上主義や環境破壊を招く現在の経済秩序を強く批判した。

 

また、カール・シュミットや水野和夫は、地政学的に次のように主張している。

「蒐集」の歴史の時代が終わらんとしている。「蒐集」に行き詰ったとき、「陸と海の戦い」が生ずるのは歴史の常である。この「陸の国々」と「海の国々」の平和の「架け橋」となるのが、日韓トンネルである。

 

(1)マイナス金利の見方

「金は天下の廻り物」だ。ところが人々が不安に駆られるとカネの廻り具合が悪くなる。凍りついたカネの動きを解氷する。これが「マイナス金利政策」の真の意味である。マネタリベースは過去3年間に3倍に増えたが、今の日本ではそのように働いていない。人々の将来の不安が、既に大きくなりすぎている。人々の資産が長年の超低金利で痛めつけられすぎているからだ。カネを金庫に貯えるようになる。友の金の会員証という隠れ蓑(みの)で包み隠す。

 

こんな仕打ちをされて、人々はどうして大胆に金を使うようになるだろうか。なけなしの貯金をはたいて「株」を買うという「行動」を取れるというのか。

人々の「情感、心情」に目が向いていない。つまり、「人間」が見えてないのである。宇沢弘文(1928~2014)は、ピケティと同様、数学者であるが計量経済学から「社会資本論」を創生し、「環境破壊、人間不在の経済」を建て直し、新しい考え「経済は人間である」を提唱した。経済には、このような「集合知」が必要なのに、気付いていないのである。

感性技術的な見方、つまり「複雑適応系」のインテリジェント・デザイン(最適設計論)から見ると二宮金次郎の「道徳のない経済は犯罪と同じで、経済のない道徳は寝言だ」と同じものなのである。

 

このような新しい「ものの捉え方」は従来の経済学の範囲では無理であり(「ものの見方」についてⅠ、Ⅱ(川口勝之)「世界平和研究」2016より)、結局、宗教、芸術、および科学技術的思考の総合化された「集合知」になる。したがって「複雑適応系」のインテリジェント・デザイン(最適設計)が現在のところ、最も適応した「考え方」のように思われる。株価高騰と消費低迷は、リーマン・ショックのときにもあった。事実に基づいて云えば、日本経済は金融緩和では成長しない。唯一の道は、「最後の経済フロンティア」ハートランドを開拓することである。

 

(2)非常識な新国立競技場のデザイン

「新国立競技場のデザインは呪われたかのようだ」、森山高至著「非常識な建築業界」、光文社新書に関して、経済学者の松原隆一郎はこのように評している。「しかし、あのままザハ・ハディド案で強行していれば、さらに恐ろしい事態に立ち至るであろう」。

 

売り物のアーチ・キール(長さ375m、高さ76m)は、巨大すぎて物理的には施工できず、陸上競技はサブトラックがなく世界選手権には使えず、屋根を閉めると天然芝が死んでサッカー場・ラグビー場にもならず、屋根を開けたままだと八万人を集めた音楽イベントは騒音源となり、駅までの導線道路がなく、超満員の観衆は深夜まで難民と化す。さらに新築費用の3000億円と毎年の維持、補修費は税金となって人民にのし掛ってくる。

 

経済学者で「宗教、芸術および科学技術」に関して総合的考察評価のできる、つまり「複雑適応系」のインテリジェント・デザイン(最適設計)ができる、このような評価に共感している。松原隆一郎と金子勝には共通の「感性」を感じている。

 

(3)デザインの本質に〈想定外〉という言葉はない

地震と津波の同時発生と規模は過大で〈想定外〉であったかもしれない。しかし、その場合にどういう処理を想定(安全に停止すること)しておくかが、設計・デザイン(これをインテリジェント・デザインという)の仕事だからである。〈想定外〉は「ものの見方」Ⅰ・Ⅱで述べたように、デザインで逃げることができる。

 

禅には「造形本来無一物」という言葉がある。私の家にある軸幅の書に「乾山」のこの教訓的文字訓があり、時々床の間に掛けて眺めるのでよく覚えている。

 

これは茶道の精神にも通じるが、これを実感として体験させてくれたのが東日本大震災である。人の営みが一瞬にして奪われた。逆説的になるかもしれないが、「余計なものが周りにないほうが『時』を大切に過ごし造形できる」という、乾山のこの言葉の配列、〈本来無一物〉が私にとってはインテリジェント・デザインの極みのように思えてならないのである。事実に基づいて判断し、そこから「始まる」のである。はかなく、消え去るものへの愛情、哀感の念、その未練を断ち切る中で、新しく生まれてくるものへの愛と喜び、この「もののあわれ」の心情が日本人の「心」であった。

 

劇作家、山崎正和は日本の歴史的な視座と文明論の観点より、東日本大震災の復興を見ている。

 

江戸時代には木場という木材を大量に貯木していた。大火は起きるもの、家は焼けるものという前提のもとに、江戸を運営・デザインしていたのである。大震災は防げないが焼けたら建て直す。これは積極的な「無常観」の具現である。この伝統が現在にも息づいている。すなわち、「木」と「紙」と珪素類(土)で住宅を再現し、自然に抗(あらが)うことなく壊れたら手軽に創り直す。つまり、「Simple is best」の設計思想である。「もののあはれのデザイン」といってもよい。レオナルド・ダ・ヴィンチも「簡潔さは洗練の極みである」と言っている。

 

地球の「できごと」は既成の理屈とか、モラルでは想定も説明もできないことが多い。そういう想定外の「できごと」に適切、機敏に対応することは中央集権型政治ではできない相談である。複雑する地球世界の中で、唯一、生き残れる方法は意志決定の権限を分散することである。生命システムが採用している、事実を基に判断する、現場主義のインテリジェント・デザイン(最適設計)である。言い換えると、脳の情報処理がやっているような自律分散制御形の社会経済秩序を創り上げることである。例えて言及すれば、フラクタル理論、エマニエル・トッドやピケティの「方法論」である。

 

日本で言えば、二宮金次郎、宇沢弘文、藻谷浩介の「方法論」である。複雑適用系を考察するには、フラクタル理論が有効であるが、これは、「人間の内面的な感性の表現の研究」に詳細に述べられている。

 

(4)ではどうすべきか?

それを具体的にこれから述べていくことにする。理想的には、大平正芳首相が構想した「地産地消の分散形田園都市」の構築である。

 

前述の「非常識な建築業界」は、基礎の段階でオリジナルを追及させる大学の建築学科に問題があるのか?そうではあるまい。造形にはすべてオリジナリティは、的確な基礎技術に予想外の解釈、意味づけをつけるか、感性的な表現をつけるかによって生まれる。マルセル・デュシャンの「泉」を覗てみるがいい。大学ではその本質であるインテリジェント・デザイン(最適設計論)を教えるべきである。部分のある目的をもった、配列、構成がインテリジェント・デザインであるから。

 

経済グローバル化の流れを作った米国が、グローバリズムに耐えられなくなってしまった。世界にとって転換点となるだろう。

 

201606_1

図1.3 明確な目的・意志(自然との関連性)をもってデザインされた「懸(かけ)造り」および

「無為堂の茶屋」

 

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